金丸めぐみ・心のとびら

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アダルトチルドレン、依存症、うつ、ト ラウマ、燃え尽き、といった言葉をご存知ですか?
これらは、「ほんとうの自分が心から望んでいること」を見失っている状態を示すものです。
ご興味のある方にわたしの体験をお読みいただければ幸いです。

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 かなまるめぐみの道のり(ご興味のある方へ)

1963年2月15日、東京生まれ。
1歳を過ぎたころ、当時の流行歌「こんにちは赤ちゃん」を母の押す乳母車の中で歌い、通りすがりの人に好奇の目を向けられる

一人っ子のゆえか、興味は大好きな「うた」と「本」のみに集中。3歳で幼稚園に入るがともだちとの遊びに加わらず、当時母が好んで聞いていた日本語訳の シャンソンを一人でうたいまくったため、問題児扱いをされ幼稚園を転園。途方にくれた両親が日本女子大学で児童心理の検査を受けさせたことがきっかけとな り、4歳でピアノを始める。
この「好きなことに没頭するため、集団になじめず浮いた立場になる」傾向は、成長期間を通じて続き、さまざまな人間関係に問題を生じさせたため、人に受け 入れてもらえるよう、「自分の主張や感情を抑え」「他人の気持ちを読み取ってそれに合わせ」「人に満足してもらえるよう、ものごとを完璧に行う」性格が徐 々に形成されてゆく。

小学校1年から武蔵野音楽大学の音楽教室に在籍。中学校卒業までピアノ、聴音、合唱等を学ぶかたわら、7歳のとき自宅のコタツで作詞作曲を開始。その後ピ アノ曲、合唱曲などにも手を染め、音楽教室で発表する。
中学校2年から作曲の個人レッスンを受ける。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校作曲科を経て、東京芸術大学音楽学部作曲科を卒業。大学在学中に永冨正 之氏のソルフェージュ授業に関心を持ったことをきっかけに、大学院では作曲のレッスンを受けつつソルフェージュを研究できるよう、音楽学を専攻する。

1987年より東京芸術大学音楽学部ソルフェージュ科に非常勤助手として採用。
研究室助手、成城ソルフェージュ研究会講師、日本女性作曲家連盟会員として音楽活動を開始。
1998年より東京芸術大学音楽学部ソルフェージュ科、および国立音楽大学音楽理論部にて非常勤講師となり、主に教育活動に力を傾けるようになる。

が、1年後仕事量が激増し、また配偶者(当時)の両親があいついで死亡するなど私生活上の変化も激しかったため、いわゆる「燃え尽き症候群」となって体調 を崩し、2000年3月全ての仕事を休止。
ゆっくり休養しようと計画していた矢先、急に内因性のうつ病となり、食欲不振、不眠、不安症状に悩まされる。
うつ病は投薬により治まったが、それをきっかけに「アダルト・チルドレン」の治療機関として有名な精神科、斎藤クリニックにつながり心理療法を開始。

以後数年にわたり、なぜ自分はムリに他人に合わせようとする性格なのか、なぜ仕事を完璧にこなさないと満足できないのか、自分が本当に求めているものは何 なのか、幼少期に感じた自由なエネルギーの放出を抑えているものは何なのか、等について洞察を行う。
精神科のデイケア治療に加え、ハコミセラピーを中心とした様々な心理療法を受け、多くのトラウマに直面する作業を続ける過程において、東京芸術大学の非常 勤講師には1年後に復帰していたものの、授業や試験の課題などは作れるが、自由な表現で作曲することが全くできない状態に陥り、苦しむ。

この、いわば「本来の自分をさがす」作業の行方が見え、離婚し、「相聞−但馬皇女−」でようやく自己表現としての作曲行為を取り戻したのが2004年夏。
以後、活動の場を広げるため日本作曲家協議会に入会。同会主催の「こどもたちへ2006」に参加、また「日本の作曲家2009」では「堕天−ルシファーへ の3つの心象−」の再演が決定している。(この作品は、小学校時代に強いインパクトを受けた漫画、永井豪氏の「デビルマン」の世界を音楽で表そうと試みた ものである。)
現在は教育、作曲活動の傍ら、ヒーリングに通う日々である。

※ 私の受けたセラピーの、主なものをご紹介します。
   ハコミセラピー       http://www.hakomi.net/
   IFF 家族機能研究所    http://www.iff.co.jp/
   インサイトカウンセリング  http://www.insight-counseling.com/